第九篇 想いの真意
著者:shauna


 「ホンットーにごめんさない!!」
 
 夜半も回った午前一時。皇族の庭園(ロイヤル・ガーデン)に併設された別荘にサーラの声が響いた。
 「私、事情とか全然知らなくて、そのせいで・・・ああ!!もう!!なんて馬鹿なんだろ!!」 
 ファルカスが使った作戦は全てシルフィリアの発案で自分はサーラを止める為に実行しただけだと何度も言い頭を下げてようやく理解してもらってから自分が知っている全ての事をサーラに伝えた。

 そして、すべての事情を知り、目の前のファルカスに向かって土下座さえしそうな雰囲気で謝るサーラ。
 その姿にファルカスも苦笑いをするしかなかった。
 「まあ、それはいいけどさ・・・なんで白孔雀を捕まえようとなんてしたんだよ。」

 「その・・・それは・・・」

 サーラが言葉に詰まる。
 「なんだよ・・はっきり言えよ・・・」
 「な・・なんのこと・・・」
 「泥棒だか伝説の殺戮兵器だか知らないが、自ら進んで自分や他人を危険に巻き込むような真似はしないだろ・・・誰よりも平和主義者のお前がさ・・・」

 「・・・・・・」

 その問いかけに対し、サーラは暫く黙ったままだったが、やがて諦めたようにハァ〜とため息をついた。
 「欲しかったの・・・」
 「欲しかった? 何が? 」
 「白孔雀・・・いいえ、シルフィリアさんの持ってるスペリオルが・・・」
 ファルカスは呆れるというよりも驚いた表情でサーラを見つめる。
 というか、それは予想すらしていなかった答えだった。
 元来、物欲に乏しすぎるサーラの口からそんな言葉が出るなんて思いもしなかったのだ。
 「シルフィリアの持ってるスペリオルって・・・」
 「うん・・・レーヴァテインとヴァレリー・シルヴァン・・・・」
 「レーヴァテインとヴァレリーシルヴァンって・・あのシルフィリアの剣と杖か? 」
 「うん・・・」
 申し訳なさそうに黙るサーラに対し、ファルカスはますます解らなくなる。
 「そんなものどうするつもりだったんだよ・・・いや、ヴァレリーシルヴァンを欲しがるのは俺にもわかる。」
 トレジャーハンターとしての情報を生かせばヴァレリーシルヴァンは確か、伝説の回復杖だ。その杖を持てばたとえスートを持たなくとも回復術が使え、さらに、あの”神の祝福(ラズラ・ヒール)”を上回る回復術さえ使うことができるらしい。
 そんなリリカルマジカルな効果を持つ杖ならば、回復術者のサーラとしては喉から手が出るほど欲しくても仕方のないはずだ。
 でも、もう一つのレーヴァテインについては正直どう考えても説明がつかなかった。
 これもトレジャーハンターとしての知識だが、レーヴァテインも伝説のスペリオルに違いないのだが、ヴァレリーシルヴァンとはほとんど対極に位置するモノである。
 レーヴァテインとは刀身を約千度にまで加熱することで、すべての物を溶かして切る炎の魔剣だ。それ故に100%の性能を出すのには炎かあるいは闇のスートが必要になる。
 すなわち、物を壊し、人を傷つけ、時には人を殺める剣。
 そんなものを光のスートを持ち、尚且つ人を直し、生かす立場にあるサーラが欲しがる理由がどこにも見つからなかった。
 「レーヴァテインなんて何に使うつもりだったんだよ? 外科手術でもあるまいし、サーラが持ってても意味はないぞ? 」
 外科手術とは魔法を使わずに治す医療のことだ。それ故に、未だ原因が解明されぬ手術や”神の祝福(ラズラヒール)”すら効かない難病の治療などに用いられることが多いが、あまりメジャーな方法ではない。なのに、そのためだけにわざわざ伝説の魔剣を求めるだろうか? 
というか、それ以前に、外科手術に魔剣を用いることなどそれこそ狂気の沙汰としか思えない。

 となると・・・

 「転売でもするつもりだったのか?確かにレーヴァテインともなればそれこそとんでもない値段がつくだろうけど・・・」
 でも、人一倍優しい、聖人君主といっても過言ではないぐらいのサーラがそんなことをするとは到底思えない。自分のスペリオルを他人にあげる姿なら容易に想像がつくが、逆に誰かからスペリオルを取り上げてそれを売るところなんて到底想像ができない。
 
 事実、サーラはフルフルと首を横に振った。

 「じゃあ、単純にコレクションにしたかったとか?」
 しかし、これもあり得ないことに気がついた。先程も言ったがサーラは著しく物欲に乏しい。それに自分ならともかく、サーラはそれほどスペリオルには興味がないはず。
 
 これにもサーラはフルフルと首を振った。

 となると・・・

 「じゃあ・・・」

 それ以外のコトということになるのだが・・・
 う〜ん・・・ダメだ。何も思いつかない。
 
 「私の為じゃないの・・・」

 頭を悩ませるファルカスにサーラが静かに呟いた。
 
 「その・・あの・・・」

 サーラの顔がみるみる赤くなっていく。
 
 「プレゼントしようと思って・・・」

 ん?ぷれぜんと?レーヴァテインを?誰に?

 「ロビンにか!?」




 「違うよ!!ファルにだよ!!」




 その言葉を聞いたとき、途端に体に電流が走ったようだった。
 なんというか・・体がどんどん暑くなってもうどうしようもなく恥ずかしい感覚・・・
 「な!!お!!俺に!?」
 「だ・・だって・・ファルのエアブレード散々モンスターと戦ってボロボロだし・・・そろそろ『新しくしようかな・・・』ってボヤいてたし・・・」
 その時初めてわかった。何故あんなにもサーラが幻影の白孔雀を捕まえようとしていたのか・・・それは自分に新しい剣をプレゼントする為・・闇のスートを持つ自分なら完璧に使いこなせる伝説の魔剣を、。そして、何故あの時大聖堂で喧嘩することになってしまったのか?
それは、サーラが自分の為に何かしようとしてくれていた心を自分が汲み取れくて、それだけでなく、無碍にしてしまったから・・・

 すべてのピースが額に嵌り、一枚の絵に昇華した。

 そうか・・すべては自分のためだったんだ・・・

 どうせ渡すならサプライズでプレゼントしたいというのは人間なら誰しもが持っている思考回路。ましてや、サーラみたいな年頃の女の子ともなれば、その気は一層強いはず。
 そんなことにも気がつかなかったなんて・・・
 
 本当に嫌になる・・・

 しかし、サーラにしてもそれは同じことだった。
 相手を喜ばせるためにプレゼントを企画して、その結果相手と喧嘩してしまうなんて、本末転倒もいいところだ。
 ましてや、他人からモノを盗るなんて・・・冷静になって考えてみればものすごく悪いことだし、そんなものを貰っても自分なら嬉しくはない。
 「ごめんな・・・その・・何も気付いてやれなくて・・・」
 ファルカスが頭を下げる。

 「そんな!!悪いのは私だよ・・・一人で勝手に突っ走って・・・」

 なんとも歯がゆい空気が流れる。

 「仲直り・・・かな?」

 頬を掻きながらサーラが呟く・・・
 
 「そう・・・だな・・・」
 ファルカスがそう言い返し、そして、お互いが恥ずかしそうに笑った。
 「でも、あと一つ・・・”聖杯”はどうなんだ? 俺はあれについてはよく知らないけど・・・」
 「あぁ・・・うん・・・あれはね・・・」
 
 その時・・・・
  

 「ま!!待ってください!!!お願いします!!」
 

 隣から大声で響いた声に2人の体がビクッと震えた。

 「ファ・・ファル・・今の・・・」
 「あ・・ああ・・ロビンだ!!」

 ファルカスの言うとおり、それは間違いなくロビンの声だった。
 
 「で・・でも・・・」
 「ああ・・確かあいつは・・・」
 先程の戦闘でシルフィリアからの直撃を受けて失神したため、ファルカスが担いでこの別荘まで運び、サーラの魔術で傷を癒してからはずっと昏睡状態だったはず・・・。
 「起きた・・のかな・・・」
 「でも、悲鳴って・・・」

 「か!!勘弁してください!!ほ!!本当に知らないんです!!」

 もう一度聞こえた悲痛な叫びの悲鳴に2人は顔を見合せて頷いた。
 「行くよファル!!」
 サーラが走り出し、ファルカスもすぐに後を追う。
 ドアを乱暴に開け、廊下を駆けて隣の部屋に・・・
 「ロビン君!!どうし・・・」
 たの? と続けようとして、サーラが絶句した。
 
 サーラとファルカスが見た光景。

 それは・・・
 
 「本当です!!本当に知らないんです!!」
 「虚言は聞く耳持ちません。そして、早く言ったほうが身の為だと思いますよ?魔道学会Cランク魔道士リオン・スターフィ、そして同じくBランク魔道士クロノ・ブリューエル・・この2人は今どこにいるのか・・・それさえ教えて頂けるのなら今すぐに解き放ってあげますし、傷も完璧に癒して差し上げます。」
 部屋の八方の暗がりから伸びた鎖で手足の自由を完全に奪われたロビンは必死に訴えるもシルフィリアは一切聞く耳持たない。
 
 そして、それほどまでにロビンが必至な理由。
 
 それは単に繋がれているためだけではなく、シルフィリアの手に熱されて真っ赤に燃える鉄製のレイピアが握られているため・・・。
 唖然としているサーラに対してファルカスが冷静に状況判断する。
 というか、冷静になるまでもない。
 
 つながれた人間に焼けたレイピアとくれば、これから執り行われようとしているのは”拷問”と相場が決まっている。

 「何しているの!!?」
 
 サーラが叫ぶ。
 それに対し、シルフィリアは・・・
 
 「早く言わなければその体に一生癒えぬ傷跡をつけることになりますよ・・・」
 
 完全に無視・・・というか聞こえてすらいないようだ。
 静かにレイピアを構え、ロビンに向けて近づける。
 「あ!!アチッ!!」
 まだ直接体に触れたわけではないが、それでも近づけられたレイピアが相当な高温を発しているため、ロビンの顔にさらに必死さが滲んだ。
 「本当です!!本当に知らないんです!!だから助けてください!!」
 「知らないはずないでしょう? あなた方、魔道学会は私の唯一無二にして一番大切なモノを奪ったんです。リオンとクロノ・・・2人についての情報を全て話しなさい。これは命令です。」
 「知りません!!」
 レイピアがさらに近づけられた。

 しかし、この拷問が無意味なことは誰の目にも明らかだった。
 間違いなくロビンは何も知らない。
 それは無論サーラとファルカスにも・・・
 
 部屋を出ていくファルカスに対し、どうにかしようとするもどうにもできないサーラ。
 正直、シルフィリアがここまでする理由がまったくわからないし、奪われた唯一無二の大切なモノというのも一切見当がつかない。
 が、現状で一つだけはっきりしていることがある。
 シルフィリアがその大切なモノを奪われた怒りで完全に冷静な状況判断を失っているということだ。
 本来なら瞳の力で見ればいいだけのはずが拷問をして証言まで取ろうとしているのだから。
 ここからは推測だが、おそらくロビンが起きた途端にシルフィリアは何らかの魔法で彼の体を束縛する鎖を出現させ、ロビンを束縛して拷問に出たのだろう。
 その時点で、シルフィリアの中の何かが崩壊していた間違いない。
 おそらくそれほどまでに大切なものを奪われたのだと思うが・・・
 「このままじゃ・・」
 ロビンは間違いなく死ぬことになる。
 「シルフィリア様!!落ち着いて!」
 できるだけ大きな声でサーラが叫んだ。
 その言葉にわずかに振り返りはするが・・・
 
 ―ゾクッ―

 その眼はまるで氷のように冷たい。

 「落ち着く? 私は常に冷静ですよ? 」

 ダメだ・・。完全にキレている。
 どうしようもない・・・
 杖がない今、催眠呪法(スリープ・フィール)も使うことができない。でも何とかしなくてはこのままじゃロビンが死ぬことになる。
 あたふたとらしくもなく慌てるサーラに
 「サーラ・・そんなんじゃダメだ。」
 後方からファルカスの声が忍び寄った。
 「壊れた人間を落ち着かせるにはな・・・」
 そう言って片足を前に構え・・・
 
 「こうすんだよ!!!」

 手に持ったバケツの水をシルフィリア目がけて思いっきりブッ掛けた。
 ―バシャッ!!―
 全身ずぶ濡れになり、手に持ったレイピアがジュウゥゥゥという音を立てながら冷却されていく。
 しばらく何が起こったのかわからずシルフィリアも唖然としていたが・・・・
 ―バシャッ!!―
 もう一度ファルカスが残っていたバケツの水をかけてその頭を強制冷却させた。
 「目は覚めたか?」
 ファルカスの言葉にシルフィリアがガクッと項垂れ・・・

 「また、やっちゃいました・・・」

 静かに反省の色を見せた。


   ※    ※         ※


 「えっと・・・まず、何があったのか聞こうか?」
 シルフィリアの魔術で回復したロビンが魔道学会に問い合わせに行っている間、残っているメンバーが居間の椅子に座ったところでサーラが切り出した。
 その言葉を聞くようにシルフィリアがそっと胸元から紙を取り出し、テーブルの上に広げる。
 それは例の―アレを返して欲しくば、3日後にフロート公国フェナルトシティまで来い。取引の方法は追って連絡する。―と書かれた手紙だった。
 「・・・ずっと気になってたんだ。この手紙に書いてあるアレって何なんだ?」

 「・・・アリエス・フィンハオラン卿です。」

 その言葉にファルカスが目を丸くする。

 「アリエスって・・・あの剣聖アリエス・フィンハオランか?」

 ファルカスの問いにシルフィリアが静かに頷いた。
 「えっと・・ファル・・誰さん?」
 「世界最強の剣士と謳われる内の一人だ。最も存在してたのは数千年前のはずだから・・14代目かなにかか?」
 「いえ・・一応本物です。」
 もう訳も分からなくなり2人が首を傾げる。
 「ってことは・・・数千年間生きてたってことになるが・・・」
 「まあ・・・」
 「ふ〜ん・・・あんたもか? 幻影の白孔雀・・・」
 「まあ・・・」
 「・・・そうか・・・」
 ファルカスの口から出た言葉に今度はサーラが目を丸くする。
 「え? ファルカス驚かないの!?ってゆーか、認めちゃうの!!? 」
 「お前だって見たろ・・あの白い矢の魔法とか絶対防御のオーロラとか・・・あれ見たら信じるしかないだろ・・・どういうカラクリかはさておき・・・信じるしかないんじゃないか? 聞いたことも無い魔法言語を使いこなす最強の魔道士なんて・・・」
 「まあ・・そうだよね・・・」
 
 「話が早くて助かります・・・」
 シルフィリアは静かにそう呟く。

 「それで?・・そのアリエスさんを連れてったのは誰なの?」 
 「私の・・・その・・・大切な人です・・・。」
 「恋人ってこと?」
 「まあ・・・もう少し親密ではありますが・・・」
 「それで・・・そのアリエスさんに何があったの? 手紙に書いてある内容から考えると連れ去られたって感じだけど? 」

 その言葉にシルフィリアが静かに頷く。
 「アリエス様がさらわれる直前・・・町で白い髪の女の人と話しているのを見た人という人が何人か・・・」

 「・・・浮気? 」

 「殴りますよ・・・」

 うん・・・ちょっと空気が重かったから冗談を入れてみたけど、明らかに地雷だったみたいだ。今回はシリアスに行こう。

 「その白い髪の人と話した後、アリエス様が血相を変えて走って行ったそうです。」
 「町の人たちは不信がらなかったの? 」
 「どうやら長い白髪のウィッグをつけていたので私と間違えたらしく・・・いつも一緒だったので、特に不信感とかは抱かなかったそうで・・・」
 なるほど・・・とサーラが納得する。
 つまり、2人は私とファルカスの関係か・・・いつも一緒に行動してるから確かに一緒にいて不審がる人はそうそういない。
 でも・・・
 「その後、必死に独自の情報網で調査してみたら、どうやらアリエス様の誘拐に魔道学会が絡んでいるらしく・・・さらに進めてみたら、リオン・スターフィとクロノ・リュティアという魔道士の関与が浮かび上がりまして・・・脅迫状の筆跡鑑定も間違いなくクロノ・リュティア本人のモノでしたので・・・」
 「なるほど・・それで、シルフィリアさんはその2人に犯人の目星をつけて、わざと誘いに乗ったってわけね・・・」
 「ええ・・この街で待つと言っている以上、彼らが指定した時期にこの街にいるのは間違いありませんから・・・」
 「たぶんだけど、シルフィリアさんを呼び寄せたのは水の証がどこにあるのか確かめる為だろうね。」
 「無論、それも承知していました。でも、私がいる限り奪われるつもりはありませんでした・・・まさか、こんなことになるなんて・・・」
 「それは仕方ないだろ。シルフィリアが悪いわけじゃないんだしさ・・・」
 そうはいってもそこそこ責任感の強いシルフィリアが自分のことを責めていないはずがないのだが・・・
 まあ、気休めぐらいにはなるだろう。
 
 「さて、今後のことを話そうか・・・」

 「あ・・・はい・・・」
 あまりの空気の重さに耐えきれず、サーラがにこやかに笑う。
 「シルフィリア様はどうするのが一番いいと思う?」
 「とりあえず、私はアリエス様さえ取り戻せればそれで構いません。」
 「うん。そう言うと思った。」
 サーラの答えにシルフィリアが唖然とする。
 そんなシルフィリアにサーラがそっと耳打ちし・・・
 「だって、私だってそうだもん。もしファルが誰かに拉致監禁されたらとりあえず周りのことは全部ほっといて助けにいくからね・・・」
 なるほど・・・納得するシルフィリアの隣で聞えなかったファルカスは首を傾げた。
 「それに私たちもこんなきれいな街が壊されるのは嫌だから・・・できれば、”水の証”を取り戻したい。」
 サーラの言葉にシルフィリアが頷く。

 「というわけで・・・」

 サーラはそう言うなり、シルフィリアの手を取った

 「共同戦線ってのはどうかな?」

 「?」

 「シルフィリアさんはアリエスさんを取り戻したい。私たちは水の証を盗んだ犯人を捕まえたい。よって、いがみ合ってても得なことは一切ない。故に手を組まない? お互い損はないはずだよ・・・」

 思いがけない話にシルフィリアもしばし悩んでいたが、やがてサーラの手を握り返した。

「わかりました。我が名の下に私の剣と杖・・・あなたに預けましょう。」

「決まりだね。」

 丁度その時だった。
 ドアがゆっくりと軋んで空き、魔道学会から戻ってきたロビンがヒョコッと顔を覗かせたのは・・・
 「あの・・・お邪魔でしたか?」
 心配そうに言うロビンに向かってサーラは笑顔で一言・・・
 「いいえ・・・グッドタイミング、ロビン君。」


  ※      ※       ※

 「さて、それではまず、シュピアさんに魔道学会で聞いてきたことをすべてお話します。」

 屋敷の倉庫から持ってきたホワイトボードを背中にロビンが語りだす。
 
 「まず、シルフィリアさんが言ってたリオン・スターフィとクロノ・リュティアですが、2人とも確かに魔道学会の名簿に存在していました。ただ・・・」
 「ただ?」
 ファルカスが首をかしげる。
 
 「2人はどうやら魔道学会の『空の雪』の所属魔道士らしいんです。」
 それを聞いてシルフィリアとファルカスが顔色を曇らせる。

 「あの・・質問・・・」

 サーラが手を挙げた。

 「『空の雪』って何?」

 それを聞いてファルカスがため息をつく。
 「いいかサーラ・・・魔道学会と一口にいっても全てが人の為に魔法を研究している良い奴らばかりじゃない。当然、悪い奴らもいる。」
 その言葉にサーラが「そうなの?」とロビンに聞くと「お恥ずかしながら・・・」と頭を下げられた。

 「その中でも特に危ない奴らがいる。それがPDPC・・・通称『空の雪』と言われる組織だ。」
 「正式にはPeace Discipline Purge Committee・・・つまり、公安綱紀粛正委員会のことなんですけど・・・・その考え方が問題でして・・・」
 「考え方?」
 「魔道学会こそ魔術の最高峰であり、魔術の総本山でなければならない。故に、魔術を使う心得のある者は総じて魔道学会に従うべきであり、力あるスペリオルもすべて魔道学会が所持し管理すべきだ。それが奴らの方針です・・・」

 「そんな!!」
 初耳のサーラとしては驚きを隠せなかった。
 そんな馬鹿な話があるか!?魔術とは人の為にあるモノ。人を幸せにするためにあるモノなのに・・・。

 「魔術で人を従えるなんて・・・」
 「もちろん、これは表沙汰にはなっていません。でも・・・・」
 「裏世界では割と有名な方々ですから・・・」
 「そんな・・・」

 全然知らなかった・・・
 「もし、知らなかったというのなら別に恥じることではありません。あくまでこれは裏世界で有名な話。こちらの世界に身を置いたこともなく、魔道学会に所属しているわけでもないサーラさんが知っている方がおかしな話ですから。」
 確かにそれはそうかもしれないが・・・
 「ファルは知ってたんでしょ・・・」
 「まあな・・」
 そう考えると納得いかない。
 頬を膨らませるサーラにファルカスが苦笑した。
 「そんな顔するなって・・・力ある魔道士をそこそこメンバーにしてた”暗闇の牙(ダークファング)”は意外と目の敵にされてたし、そのせいで”空の雪”に捕まった奴らもいくらか居るからな。目の上のタンコブっていうか・・・敵対組織だから知ってただけだし・・・」

 まあ、ここでボヤいても仕方ないので話を元に戻すとしよう。
 「ウダウダ言っててもしょうがないし、とりあえず、今後のことを考えよ。まずは、今の状況を整理しよっか・・・」

 3人が頷いた・・・

 「敵はリオン・スターフィとクロノ・リュティア・・この2人は『空の雪』に所属する魔道士である。で、いいんですよね。シルフィリアさん。」

 シルフィリアは頷き、
 「それと同時に、泥棒でもあります。」
 と付け加えた。
 「どういうことだ?」
 ファルカスの問いにシルフィリアがこめかみに手を当てながら答えた。
「数年前に"白影の白孔雀”を語ってのスペリオル強奪事件の数々。その犯人は“夜真珠(ナイト・パール)”という2人組の盗賊ということで片付けられていましたが、『空の雪』の仕業だとすればすべて説明が行きます。」

 「?」
 「何しろ彼らの方針は・・・」
 「『高度なスペリオルはすべて魔道学会で管理すべきだ・・・』」
 サーラの答えに全てを察するロビンとファルカス。それにシルフィリアも頷いた。
 「おそらく、彼らはその頃から水の証とインフィニットオルガンに目を着けていたんでしょう。しかし、そこでイレギュラーが起こった。」
 「多分、派手に行動しすぎたから自分たちのことが発覚しそうになったんだろうな・・・自分たちが所属する『魔道学会』に・・・」
 「彼らは正体がバレそうになった為、その発覚を恐れここ数年間は活動を停止していた。しかし、最近になって彼らはある人物がどうやら生きているらしいことを突き止めた・・」
 「それが本物の幻影の白孔雀・・つまりシルフィリアさん・・・」
 「もちろん、これは私の推測にすぎませんが・・・しかし、実際私の屋敷も”夜真珠”に狙われたこともスペリオルをいくつか強奪されたこともありますし、おそらく間違いないでしょう。」
 3人が頷く。
 おそらく9割方間違いない。でもあと一割わからないことがあるとすれば・・・
 「どうやってシルフィリアさんのこと調べたんだろ・・・魔道学会だから聖蒼貴族のことなら調べる方法なんていくらでもあるだろうけど、個人を特定するとなると・・・」
 
 そう簡単にはいくまい。

 「ねえ、シルフィリアさんは何か覚えある?自分のことがバレるようなことしたとか、広まるようなことしたとか・・・」

 サーラの問いかけにシルフィリアは・・・サーラから目線を外した。いや、どっちかというと目が泳いでいるような・・・

 「うん・・よくわかった。」
 「少なくともありすぎてどれだか分らないということはな・・・」
 サーラとファルカスの言葉にシルフィリアが顔を赤らめる。
 でも、これで残りの一割の疑問は解決された。おそらく彼女の推測は当たっている。
 「ま・・まあ、それはそれとして・・」
 小さく咳払いをしてシルフィリアが話をはぐらかし、元の軌道に修正する。
 
 「そして、彼らは何らかの方法でアリエス様を誘拐し、監禁した。」
 「すべてはシルフィリアさんを呼び出すため・・ですね。」
 
 シルフィリアが頷く。
 「その後、彼らはフロート公国の国立図書館から資料として水の証の絵本と研究資料を盗んだ。」
 「それが気になってるんです。」
 とロビン。
 「どうして研究資料を盗む必要があったのか・・・確か普通に一般公開もされているはずなのに・・・」
 書き写せばいいではないかというのがロビンの意見だった。
 「それは簡単です。研究資料の中には楽譜が納められているからでしょう。」
 「楽譜・・・ですか?」
 「ええ・・知っていると思いますが、インフィニットオルガンは巨大な魔法杖であり、水の証の蓄えた魔力を使って、いかなる魔法をも使えるスペリオル。しかし、その魔法を使う仕組みはいたってシンプルで鍵盤一つ一つに魔道言語を内蔵しているだけなんです。すなわち、使いこなすためには専用の魔道言語を記録したパスワードが必要。それを記したのが楽譜。あの楽譜には数百種類の魔術が記載してありますから、その通りに演奏すればある程度の魔術なら使いこなすことが可能になります。」
 「なるほど・・・」
 でも・・・
 「もう一ついいですか?」
 「ええ・・・」
 「シルフィリアさん確か、オボロも攫われたって言ってましたよね・・・」
 「はい。」
 「オボロを攫う理由がどこにあったんですか?」
 彼らが欲しいのは水の証のはず。ならばオボロを攫う理由はどこにもないはずだ。だが、
 「それも至極簡単。」
 とシルフィリア。
 「インフィニットオルガンには悪用を防ぐために鍵がかけてあるんです。その鍵に当たるモノがオボロ。つまり、インフィニットオルガンの起動スイッチがあの黒き狐と考えていただければ・・・」
 なるほど・・・
 ロビンとサーラが納得の表情を見せる。
 が、ファルカスだけは別だった。

 「なあ、シルフィリア?」

 苦い顔でシルフィリアを見つめる。

 「ずいぶんとインフィニットオルガンに詳しいじゃないか?」
 「えっ・・・・・・」
 「なんか秘密がありそうだな・・・」
 「・・・・・・」

 「知っていることは全部話してくれ。じゃないと共同戦線なんか張れない。少なくとも、互いに疑惑があるじゃ・・・」
 
 その言葉にシルフィリアはしばし躊躇っていたものの、最後には折れた。

 「・・・インフィニットオルガン・・・あれは・・・私が作ったものなんです。」

 驚愕するサーラとロビン。っていうか、作った!?あれを!??
 しかし、ただ一人、ファルカスだけは冷静なままだった。
 「やっぱりな・・・そういうことか・・・」

 「昔、この街の豊潤な魔力を狙って多くの魔族がこの町に迫ってきたことがありました。その時、依頼を受けた私が作ったこの街の防衛器具(ガーディアン・スペリオル)。それがインフィニットオルガンなんです。」
 「これでハッキリした。奴らがあんたをこの街に呼び出した理由が。スペリオルのことはそれを作った制作者(リオレスト)が一番良く知っているからな・・・」

 
 「・・・・話を戻します。後は、私を呼び出して水の証を奪い、インフィニットオルガンを起動させる。後はその力を使って私とアリエス様を始末してしまえば、全ては闇の中。おそらくそれが彼らの作戦であり、考え方です。そして、結果・・・それは成功してしまった・・・」
 
 言い終わると同時にシルフィリアが静かに目を閉じる。
 さらに、人差し指を口の前に持ってきて、『静かにして耳を澄ませてみなさい』的な暗示を3人に示した。
 
 言われるがままに3人が目を閉じて耳を澄ませると・・・

 ♪〜・・・♪♪ー♪〜♪・・・―

 初夏のまだ冷える夜に静かに響き渡る澄んだ音色。

 「!!これって!!」
 「インフィニットオルガンの音です。」
 と いうことは!!!
 「すでにインフィニットオルガンは起動してしまいました。」
 「シルフィリア・・・この曲が何の魔法だかわかるか?」
 ファルカスの問いかけにシルフィリアが再び目を閉じる。
 良く音色を聴き・・・そして、

 「・・・・『日食の扉』・・・ですね・・。」

 と結論付ける。
 「どんな魔法の曲だ?」

 「召喚術です。しかし、規模は通常とは桁違い。おそらく数時間もしない内に町中が下級デーモンに詰めつくされるでしょう。」

 「な!!?」
 ファルカスの顔が青ざめる。
 
 「だったら早く!!」
 「急いだところでどうにもなりません。まずは、どうやってインフィニットオルガンを止め、同時にアリエス様も助けるか・・・考えなしに突っ込むのは危険・・というよりただのバカです。」
 「同感ね。」
 くっ・・サーラまで・・じゃあ、なんだ? 俺はただのバカなのか?
 その後、サーラとシルフィリアの提案通りある程度の方針を決めることにしたわけだが・・・
 ほとんど圧倒されっぱなしだった。何がすごいってシルフィリアの口からポンポン出てくる奇策の数々。加えてサーラの頭脳も加わるのだから、ほとんど怖いもの無し。ロビンも俺も何も出来ることななかった。
 
 ってか、この2人意外といいコンビかもしれない。
 30分ほどで話を終え、作戦を決め、ある程度のコードを決めて、4人が顔をあげる。
 「では、手筈通りに・・・まず、ロビンさん。あなたはこの事を魔道学会に報告。予定通り、住民の避難を優先。その後で、急いで応援を呼んでください。」
 「りょ・・・了解です。」
 「私も聖蒼貴族から人を出していただけるように頼みます。では、各々一時間半で準備を終えて、東の広場に集合。そこから作戦を始めましょう。」
 「了解です。」
 「ああ・・・」
 「じゃ、一時間半後にね・・・」
 オルガンの音がさらに大きくなり、不安を駆り立てる闇空の下。
 状況は最悪・・。地獄の底が見えるほど・・・
 だが、その状況において唯一人・・シルフィリアだけが笑みを浮かべた。
 「私を怒らせた罪・・償っていただきます。」



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